結論
- 比較衡量論は、人権を制約することで得られる利益と失われる利益を比べて、制約の合憲性を判断する手法です。事案ごとに比べる「個別的衡量(ad hoc balancing)」と、類型的に比べる「定義づけ衡量」があります。
- 二重の基準は、精神的自由の規制は厳しく、経済的自由の規制は緩やかに審査するという考え方です。人権の種類によって、裁判所が使う審査の厳しさを変えます。
- 答案では「この人権は何か → だから審査は厳格(または緩やか)にすべきだ」という順で審査基準を決めます。そのうえで、具体的な事実をその基準にあてはめます。
- 判例は、二重の基準を明示的に採用してはいません。比較衡量や、規制の目的に応じた審査を使い分けています。
条文
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
21条1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
22条1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
29条2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
経済的自由を定める22条・29条には「公共の福祉」が明記されています。一方、精神的自由の中心である21条には明記がありません。この違いは、二重の基準を支える文言上の根拠として挙げられることがあります。ただし、公共の福祉は人権全体に及ぶ制約原理と考えるのが一般的です(公共の福祉・パターナリズム・国民の義務を参照)。
論点の整理
1. 比較衡量論
人権が制約されたとき、その制約が許されるかを「得られる利益」と「失われる利益」の比較で判断します。柔軟に結論を導ける反面、問題点も指摘されています。
- 個別的衡量は、事案ごとに利益を秤にかけます。具体的な妥当性は得やすいものの、結論が裁判官の価値判断に左右されやすくなります。結論の予測もしにくくなります。
- 定義づけ衡量は、保護される表現の範囲などを類型的にあらかじめ決めておきます。個別的衡量より予測可能性は高まります。
2. 二重の基準論
アメリカの判例理論(カロリーン・プロダクツ社事件の脚注)に由来し、日本では学説として有力です。精神的自由と経済的自由で審査の厳しさを分ける理由は、次の2点です。
| 精神的自由 | 経済的自由 | |
|---|---|---|
| 政治過程による是正 | 表現の自由などが侵害されると、民主政の過程そのものが傷つき、自力での回復が難しい | 侵害されても、選挙や立法などの政治過程で是正しうる |
| 裁判所の審査能力 | 自由の保障に関わり、裁判所が積極的に審査すべき | 社会経済政策に関わり、専門的・政策的判断が必要で、裁判所の審査能力に限りがある |
3. 審査基準の段階
厳しさの違いは、次のように整理されます。呼称や内容は論者によって異なるので、基本形として押さえてください(各論の使い方は違憲審査基準まとめで一覧にします)。
| 審査 | 目的 | 手段 | 主な場面 |
|---|---|---|---|
| 厳格審査 | やむにやまれぬ(必要不可欠な)利益 | 目的達成のために必要最小限度で、他に取りうる緩やかな手段がない | 表現内容に着目した規制など |
| 中間審査 | 重要な利益 | 目的との実質的な関連性がある | 内容中立規制など |
| 合理性審査 | 正当な目的 | 目的との合理的な関連性がある | 経済的自由のうち政策的な規制など |
経済的自由の中でも、規制の目的によって審査の厳しさが変わります。詳しくは規制目的二分論で扱います。
4. 批判と限界
- 判例は「二重の基準」という枠組みを明示していません。
- 精神的自由の中でも、規制の仕方(内容規制か、内容中立規制か)によって審査の厳しさは変わります。
- 経済的自由が、常に緩やかに審査されるわけでもありません。
判例
| 判例 | 事案 | 結論 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 博多駅事件(最大決昭和44年11月26日) | 博多駅付近での学生と機動隊の衝突をめぐる付審判請求事件で、裁判所が放送局に取材フィルムの提出を命じた | 提出命令は許される | 報道の自由・取材の自由と、公正な裁判の要請を比較衡量した |
| 全逓東京中郵事件(最大判昭和41年10月26日) | 職場大会への参加の呼びかけが、郵便法違反の教唆に問われた | 公務員の争議行為の制限にも限界があるとした | 労働基本権の尊重と国民生活全体の利益を比較衡量し、制限は必要最小限にとどめるべきだとした |
| 全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日) | 警職法改正反対の職場大会をめぐり、国家公務員の争議行為のあおり行為を処罰する規定の合憲性が争われた | 規定は合憲 | 同じ比較衡量でも、公務員の地位の特殊性・職務の公共性を重く見て、結論が逆になった |
| 猿払事件(最大判昭和49年11月6日) | 北海道猿払村の郵便局職員が、選挙用ポスターを掲示・配布して国公法違反に問われた | 罰則規定は合憲 | 精神的自由の制約なのに、合理的関連性という緩やかな基準で判断し、二重の基準の観点から批判される |
| 小売市場事件(最大判昭和47年11月22日) | 小売市場の開設に許可制を設けた規定の合憲性が争われた | 合憲 | 積極的な政策的規制は、著しく不合理であることが明白な場合に限り違憲とする |
| 薬事法距離制限事件(最大判昭和50年4月30日) | 薬局の開設許可における適正配置基準が争われた | 違憲 | 消極的な規制は、より緩やかな手段では目的を達成できないことを要求し、厳格に審査した |
全逓東京中郵事件と全農林警職法事件を比べると、比較衡量は事案ごとの判断なので、結論が安定しにくいことが分かります。判例の一覧は重要判例一覧を参照してください。
よくある誤り
- 「判例は二重の基準を採用している」と書いてしまう。判例は明示していません。
- 「精神的自由なら、どんな規制でも厳格審査」と考える。内容中立規制は中間審査で足りるとされるなど、規制の仕方で変わります。
- 比較衡量と二重の基準を、別々の対立する理論だと考える。審査基準の設定は、衡量のあり方を決める作業でもあります。
確認問題
Q1. 二重の基準は、精神的自由の規制立法を、経済的自由の規制立法より厳格に審査すべきだとする考え方である。(○か×か)
Q2. 一般に、最高裁判所は二重の基準を判例上明示的に採用していると理解されている。
Q3. 定義づけ衡量とは、事案ごとに具体的な利益を比べて結論を出す手法である。
Q4. 経済的自由の規制は、目的にかかわらず常に緩やかな基準で審査される。
解答・解説
Q1 ○。二重の基準の基本的な内容です。
Q2 ×。一般に、最高裁は二重の基準を明示的には採用していないと理解されています。
Q3 ×。事案ごとに比べる手法は個別的衡量です。定義づけ衡量は、類型的に決める手法です。
Q4 ×。消極目的の規制は厳格に審査され、薬事法距離制限事件のように違憲となることもあります。
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